和本の世界トップページ > 古今和歌集紀氏直伝解

古今和歌集紀氏直伝解 / 藤原廣蔭

書名
本標題 古今和歌集紀氏直伝解
本標題ヨミ コキンワカシュウキシジキデンカイ
本標題ローマ字 KOKINWAKASHU JIKIDENKAI
著者
責任表示
(著者・編者・撰者・評者など)
藤原廣蔭
責任表示の注記 各巻巻頭に「従五位下行土佐守藤原朝臣廣蔭述」とあり。富樫広蔭と同一人物
刊・写(地、年)
刊・写 写本
出版地・書写地 (10)美濃国横曽根村(現:大垣市横曽根)
(15)於関開始於東□(粟カ)野終(現:岐阜市粟野東)
(16)横曽祢((10)と同)
(24)於美濃国多芸郡横曽根村((10)(16)と同)
(37)於横曽根((10)(16)(24)と同)
出版年・書写年 (1)六月十九日始 同月廿四日終
(2)安政五年六月廿四日始 九月九日終
(3)安政五年九月六日始 同廿二日終
(4)安政五年九月廿四日十月朔日終
(5)万延元年七月三日
(6)万延元年七月三日
(7)万延元年七月三日
(8)万延元年七月四日
(9)万延元年七月五日
(10)なし
(11)万延元年七月六日
(12)万延元年七月六日
(13)万延元年七月六日
(14)万延元年七月七日
(15)万延元年七月七日
(16)万延元年七月七日
(17)万延元年七月七日
(18)万延元年七月八日
(19)万延元年七月八日
(20)安政六年五月十四日
(21)安政六年五月十一日初十五日終
(22)安政六年五月十九日より始て同廿二日の朝にをはる
(23)安政六年五月廿二日初廿七日畢
(24)万延元年八月廿八日
(25)万延元年八月晦日書入畢
(26)万延元年九月朔日畢
(27)安政六年未八月九日始て十二日にをはる
(28)万延元年九月三日書入了 未八月十六日一七日両日ニ畢
(29)万延元年九月四日書入畢
(30)万延元年九月四日書入畢
(31)万延元年九月六日書入畢
(32)万延元年九月六日書入畢
(33)万延元年九月六日書入畢
(34)万延元年九月六日書入畢
(35)コノ書カキイレ初ハ天保五年未ノ年也安政六年巳未十二月十日草稿畢
※出版年・書写年は奥書の記述を元に記したが、〈抄本……書入畢〉の記述がある巻はその年(万延元年)を記し、ない巻の場合は、安政年間のものを附した。全ての巻において、安政年の記載はあるが、万延年のものは無い巻もあり。
※安政…1854年11月27日〜1860年3月18日,万延…1860年3月18日〜1861年2月19日
形態
特殊装訂 大和綴
数量 35
存欠の状況 全揃 全 35巻
書型 大本
刷り・書写、保存の状態 虫損あり 破れあり
寸法(縦×横cm)
  • (1)24.4×17.2
  • (2)24.5×17.0
  • (3)24.6×16.9
  • (4)24.8×17.1
  • (5)24.4×16.8
  • (6)24.7×17.1
  • (7)24.7×17.0
  • (8)24.1×16.8
  • (9)24.6×17.2
  • (10)24.5×17.2
  • (11)24.6×16.9
  • (12)24.9×17.0
  • (13)25.0×17.2
  • (14)24.9×17.0
  • (15)25.0×17.1
  • (16)24.8×17.1
  • (17)25.0×17.4
  • (18)24.8×17.2
  • (19)24.9×17.3
  • (20)24.8×17.3
  • (21)24.9×17.3
  • (22)24.7×17.3
  • (23)24.7×17.1
  • (24)24.9×17.3
  • (25)25.0×17.1
  • (26)25.0×17.2
  • (27)24.8×17.2
  • (28)24.9×17.4
  • (29)25.0×17.4
  • (30)24.7×17.4
  • (31)24.6×17.3
  • (32)24.7×17.3
  • (33)24.6×17.4
  • (34)24.5×17.0
  • (35)24.7×17.0
丁数
  • (1)71丁
  • (2)63丁
  • (3)53丁
  • (4)69丁
  • (5)55丁
  • (6)49丁
  • (7)45丁
  • (8)55丁
  • (9)54丁
  • (10)58丁
  • (11)55丁
  • (12)54丁
  • (13)36丁
  • (14)46丁
  • (15)38丁
  • (16)25丁
  • (17)41丁
  • (18)37丁
  • (19)50丁
  • (20)44丁
  • (21)34丁
  • (22)52丁
  • (23)63丁
  • (24)47丁
  • (25)37丁
  • (26)38丁
  • (27)40丁
  • (28)30丁
  • (29)56丁
  • (30)36丁
  • (31)35丁
  • (32)41丁
  • (33)47丁
  • (34)67丁
  • (35)78丁
  • 計1699丁
内容 江戸時代末期の国語学者富樫広蔭による『古今和歌集』の注釈書。広蔭の自筆稿本である。古今和歌集の序文、和歌に関して、『顕注密勘』など著名な先行諸注15種の説を著述した上に、門人らとの問答形式で自説を展開しており、広蔭の古今集研究の集大成の書である。和歌の配列構造の論、活用と てにをは の精緻な検討の論などの学説に高い価値がある。(「和本の世界」パンフレットより)
所蔵
所蔵ID
  • 102701115
  • 102701124
  • 102701133
  • 102701142
  • 102701151
  • 102701160
  • 102701170
  • 102701189
  • 102701198
  • 102701204
  • 102701213
  • 102701222
  • 102701231
  • 102701240
  • 102701250
  • 102701269
  • 102701278
  • 102701287
  • 102701296
  • 102701302
  • 102701311
  • 102701320
  • 102701330
  • 102701349
  • 102701358
  • 102701367
  • 102701376
  • 102701385
  • 102701394
  • 102701400
  • 102701410
  • 102701429
  • 102701438
  • 102701447
  • 102701456
請求記号 911.2/1-35/1483
書名の注記
<巻頭以外からの場合>
「古今和歌集紀氏直伝解」は共通、続けて各巻に以下の表記あり。巻頭と外題が異なる場合のみ、()内に外題を記す。
(1)序之部一(一序之一) (2)序之二(二序之二) (3)序之部三(三序之三)
(4)序之部四(四序之四) (5)五春哥上之上(五春之上之上) (6)六春歌上之中(六春之上之中)
(7)七春歌上之下(七春之上之下)
※(8)以降、「古今和歌集」と「紀氏直伝解」の間に漢数字等の入る巻あり。その場合、[]内にその数字を記す。
(8)八春歌下之上([二上]八春之下之上) (9)九春歌下之下([二下]九春之下之下)
(10)[三]十夏([三]十夏哥) (11)[四]十一秋歌上ノ上([四]十一秋哥上之上)
(12)[四]十二([四]十二秋哥上之下) (13)[五]十三秋哥之下之上([五ノ上]秋歌下之上)
(14)[五]十四秋歌之下之下([五ノ下]十四秋□下之下) (15)[六]十五冬部([六]十五冬歌)
(16)[七]十六賀部([七]十六 七 賀部) (17)[八]十七巻離別部([八]十七 八 離別歌)
(18)[九]十八([九]十八 九 羇旅哥 草稿) (19)[第十巻]十九([十]十九 物名哥 草稿)
(20)[巻第十一]二十恋歌一之上([十一]二十 十一恋歌一之上草稿)
(21)[巻十一下]廿一恋歌一之下([十一]廿一 恋歌一之下草稿  ※表紙に朱にて「消二首」とあり)
(22)[巻十二]廿二恋歌二([十二]二十二 十二恋歌二 草稿)
(23)[巻十三]廿三恋三([十三]廿三恋三草稿 ※表紙に朱にて「消二首」とあり)
(24)[十四]廿四恋四之上([十四ノ上]廿四恋歌四之上草稿 ※表紙に朱にて「消二首」とあり)
(25)[十四]廿五 恋四之下([十四ノ下]廿五 恋歌四之下草稿)
(26)[十五]廿六恋五之上([十五ノ上]廿六恋歌五之上 草稿)
(27)[十五ノ下]廿七戀五之下([十五ノ下]廿七恋歌五之下 草稿)
(28)廿八([十六]廿八哀傷歌草稿)
(29)[第十七]廿九雑上之上([十七]廿九雑上之上)
(30)[(朱にて)十七之下]三十雑上之下([十七ノ下]三十雑上之下)
(31)[十八ノ上]丗一雑下 ※「紀氏」の右下に「一」の表記あり([十八ノ上]丗一雑下之上)
(32)[十八ノ下]丗二雑下之下([十八下]丗二雑下之下)
(33)丗三雑體([十九]丗三雑躰上 長歌旋頭歌)
(34)丗四雑躰([十九]丗四雑躰下誂諧歌)
(35)[二十]丗五([廿]丗五大歌所歌/墨□歌/□□[渚注カ]奥書)
印記・識語・書き入れ等 *奥書
(1)六月十九日於六之井始同月廿四日於結終
(2)安政五年戊年/六月廿四日於結始廿六日三十丁迄九月六日於大垣始九日終
(3)安政五年戊年/九月十六日於加納始同廿二日於切通終
(4)安政五年戊午/九月廿四日於加納十月朔日於同所終
(5)安政五年二月廿五日初稿三月朔日脱稿/万延元年七月三日於美濃国横曽根村安田□(戴カ)家書入了
(6)安政五年三月二日初稿同六日脱稿 抄本万延元年七月三日書入了
(7)安政五年二月十二日初稿十八日脱稿 抄本万延元年七月三日夜書入了
(8)安政五年二月十八日初稿廿四日脱稿/抄本万延元年七月四日書入了
(9)抄本万延元年七月五日書入了/安政五年三月四月両月書申也
(10)安政五年午/十月五日於関開始同月十日□於東□(虫損:粟カ)野終
(11)安政五年戊午十一月成 抄(抄の字四角にて囲みあり)本万延元年七月六日朝於横曽祢書入了
(12)安政五年午十二月成 抄本万延元年七月六日書入了
(13)安政六年巳午 正月成抄(抄の字四角にて囲みあり)本万延元年七月六日書入了
(14)安政六年未二月終 抄(抄の字四角にて囲みあり)万延元年申七月七日朝書入了
(15)安政六年未四月成 万延元年七月七日朝抄本書入畢
(16)安政六年巳未四月 抄本万延元年七月七日書入了
(17)安政六年未/四月十一日始/四月十六日畢/抄(抄の字四角にて囲みあり)本書入万延元年七月七日夜了
(18)安政六年巳未四月二日於太平光暢家畢/抄本万延元年七月八日朝書入終
(19)安政六年巳未五月七日於美濃国沓井/村阿子田藤左衛門尉家畢/抄本万延元年七月八日於美濃国/多芸郡横曽根村安田□(戴カ)家書入畢
(20)安政六年未/五月十四日於中島邨高橋政躬之家畢
(21)安政六年未/五月十一日初十五日終/御望郷実美家ニテ
(22)安政六年未/五月十九日より始て同廿二日/の朝にをはる星野泰俊家にて也
(23)安政六年五月廿二日初/廿七日畢星野□□(泰俊カ)家にて/抄本(抄本の字四角にて囲みあり)万延元年八月十五日書入畢
(24)田中長穂之家にて/安政六年未七月廿八日九日□旦八月/朔日二日四ヶ日ニ書ナス 抄本(抄本の字四角にて囲みあり)万延元年八月廿八日/書入畢
(25)安政六年未八月三日ヨリ五日ニ至テ/ヲハル下笠田中長穂ノ家ニテ也 万延元年八月晦日書入畢
(26)抄本書入万延元年九月朔日夜畢/安政六年未八月六日田中氏ニテ初メ/同月八日安田氏ニテ畢ル
(27)安政六年未八月九日安田氏にて始て/同しき十二日にをはる
(28)抄本万延元年九月三日書入了/未八月十六日十七日両日ニ畢/鬼島之於宅
(29)顕昭古今新抄本万延元年九月四日夕書入畢/安政六年未八日廿一日初廿九日終/尤病中也
(30)古今新抄本万延元年九月四日夜自宵至暁書入畢/安政六年未八月晦日初九日二日病中ナカラヲハル
(31)古今集新抄本万延元年九月六日暁書入畢/安政六年未/九月廿二日暁畢
(32)顕昭抄本万延元年九月六日書入畢/安政六年未/九月晦日朝於横曽祢畢
(33)抄本万延元年九月六日書入畢/安政六年未十月八日畢
(34)抄本万延元年九月六日書入畢/安政六年未/十月廿二日/星野泰俊家ニテ
(35)コノ書カキイレノ初ハ天保五年未ノ年也/安政六年巳未十二月十日草稿畢/□(「始ハ」と書いて墨にて消した跡あり)安政五年二月十八日春ノ上ノ下ヨリ/筆ヲトリハシメタリ
*識語
(1)従五位下土佐守藤原朝臣廣蔭述 (2)土佐守廣蔭述 (3)従五位下土佐守藤原廣蔭述 (4)従五位下土佐守藤原朝臣廣蔭述 (5)従五位下土佐守藤原朝臣廣蔭著 (6)土佐守廣蔭著 (7)〜(9)土佐守廣蔭述 (10)従五位下行土佐守藤原朝臣廣蔭述 (11)従五位下土佐守藤原朝臣廣蔭述 (12)従五位下行土佐守藤原朝臣廣蔭述 (13)従五位下行土佐守藤原朝臣廣蔭著 
(14)〜(34)従五位下行土佐守藤原朝臣廣蔭述 (35)従五位下行土佐守藤原廣蔭述 
(19)※裏表紙見返に以下の記述あり
打聞本五秋下の巻末にかけること/此巻の古本と云を前に師の許よりかりて写しおさめ侍間其奥書に/日秋の下一巻此集作者の草也といへる物あがた人もたるを写し/年本多はゝきの守殿のもとめえられしを我友橋の千蔵が写/せし今の本にハたがひたる所々ありかたはらにしるしぬうたがはしき/事もあれどよきこともすくなからず貫之の筆にハあるまじやとも/思はるれど近き世の事ざまにハあらぬ物なり仮名ハすべていにしへにかなへり真淵しるす云々とあり
備考
*題簽寸法
(8)23.8×3.1(cm)
(1)〜(7),(9)以降は書き題簽
*多箇所に貼り紙あり。数箇所に挟み込み用紙あり
*柱の丁数について
(6)柱の丁数「十一」のもの欠
(19)柱の丁数「十九」のもの欠
(27)柱の丁数「三十五」のもの欠
(33)柱の丁数「十六」のもの二丁あり(内容は別)
※奥書にある人名について
尾崎知光「広蔭の古今集研究―古今和歌集紀氏直伝解について―」(38頁)に、
  「註 各巻奥書にみえる人名はすべて「千百人一首」中に存する。
  即ち、安田載(下ノ十五) 大平光暢(上ノ四) 阿子田新太郎(下ノ二十八) 高橋政躬(下ノ三十二) 郷実貞(上ノ五) 
  星野泰俊(上ノ五)田中長穂(下ノ八) 
  でその他の地名のみのものもその地には門人の存したことが同書によって知られる。」
とあるが、(23)大平光暢は太平光暢(大平→太平)と読め、 (24)阿子田新太郎は阿子田藤佐衛門尉(新太郎→藤佐衛門尉)と読めることが明らかであるため、(23)(24)はそのように記載した。
また、(26)郷実貞 については、「貞」字より「美」字の方がより近いように思われるが、断定はできないため、現時点では尾崎氏に倣い、「郷実貞」としている。
その他、(10)安田載の「載」、(25)高橋政躬の「躬」、(28)星野泰俊の「泰俊」についても疑問は残るが、現時点では尾崎氏に倣い、反映させた。
尚、これらの人名は『国書人名辞典』に記載なし。
影印・翻刻・解題
マイクロ資料 MF//1021〜MF//1026
翻刻・解題の情報 ○研究
尾崎知光「広蔭の古今集研究―古今和歌集紀氏直伝解について―」(『愛知県立女子大学 愛知県立女子短期大学紀要』10巻 1959年12月)